デス・オーバチュア
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「初めまして、炎の悪魔さん。私は冥土(メイド)人形のメイル・シーラと申します」 棺から出てきた冥土人形は、両手でスカートを摘んで上品に頭を下げた。 「ふん、結局名乗るのか? いいだろう、人形相手でも礼は礼だ、我も名乗っておこう……我が名はカーディナル、貴様の言うとおり誇り高き炎の悪魔だ」 カーディナルは肩書きなどを自ら誇らず、簡潔に名乗り返す。 「では、カーディナルさん、私がこれからお世話になる国での乱暴狼藉の数々、とても見逃せるものではありません」 「……では、どうする?」 「全力で排除させていただきます」 メイル・シーラはとても爽やかな笑顔を浮かべて宣言した。 「面白い……やれるものやってみせろ!」 カーディナルが紅蓮剣が一閃すると、 激しく荒れ狂う火球が七つ一斉に撃ち出される。 メイル・シーラは足で棺の蓋を、自らの姿を隠す『壁』のように押し立てた。 七つの火球は全て蓋に遮られて、メイル・シーラには届かない。 「何、我が炎が通じぬだと……?」 最初に飛来した棺を斬りつけた時はまさかと思ったが、漆黒の棺はカーディナルの炎を完全に『耐火』できるようだった。 火球の防御という役目を終えた蓋は、棺に覆い被さるように倒れ、本来の蓋の役目に戻る。 「むっ……」 蓋の裏側に隠れていたはずのメイル・シーラの姿が消えていた。 「くっ!」 カーディナルが振り返った瞬間、無数の『弾丸』が彼女に降り注ぐ。 メイル・シーラの姿はカーディナルの遙か上空にあった。 彼女の両手はそれぞれ、漆黒の長い砲身と化している。 砲身は高速で回転し、物凄い速度で弾丸を撃ち出し続けていた。 「……緋天(ひてん)……朱雀(すざく)っ!」 カーディナルは我が身に降り注ぐ弾雨を気にも止めず、紅蓮剣を斬り上げて、炎でできた朱鳥を七羽解き放つ。 「……っ!」 メイル・シーラは弾丸の斉射を止めると、虚空を足場があるかのように蹴り、地上へと急降下して、朱鳥達から逃れようとした。 だが、朱鳥達は自らの意志があるかのように旋回し、メイル・シーラを追いかける。 「斉射っ!」 メイル・シーラは着地と同時に、弾丸の斉射を飛来する朱鳥達に叩き込んだ。 「狂躁烈火(きょうそうれっか)!」 何とか全ての朱鳥を迎撃したメイル・シーラに、息をつく間も与えず、今度は烈火(激しい炎)が地を駆けて襲いかかってくる。 「…………」 メイル・シーラは何を思ったのか、自ら烈火に物凄い速度で向かっていき……突き抜けた。 「斉……しゃ!?」 烈火を突き抜けて接近するという相手の予想外の行動で不意をつき、弾丸を斉射するつもりだったメイル・シーラの眼前に、カーディナルが飛び込んでくる。 「狂咲蓮火(きょうさくれんか)!」 紅蓮剣の連続突きによって舞い散る無数の火の粉で、空間に美しい紅い花が咲いた。 「っぅぅ……裏の裏をかかれましたか?」 大地に着地したメイル・シーラが不覚といった感じで呟く。 彼女の両手からは長い砲身が無くなっており、元通りの普通の手に戻っていた。 「ふっ、思い切りのいい判断だ……」 カーディナルは愉しげな微笑を口元に浮かべる。 彼女の紅蓮剣が刺し貫いたのは、メイル・シーラが離脱の際に切り離した長い砲身だけだったのだ。 重い砲身を迷わず切り離さなかったら、離脱……カーディナルの連続突きから逃れることはできなかっただろう。 結果的に、実に思い切りのいい、好判断だった。 「まあ、ガドリング砲はまたリーヴに作らせればいいですしね……ゴチャゴチャと文句を言いそうですが、知ったことではありません」 ガドリング砲。 現在では、東西南北どこの大陸にも出回っていない、魔導時代の骨董品(アンティーク)とも言える重火器……その貴重さをメイル・シーラは欠片も理解していなかった。 火器の開発がもっとも進んでいる西方大陸ですら、まだガドリング砲の開発(再現)には至っていない。 まあ、西方大陸の場合、どう見てもガドリング砲よりさらに進んだ『科学』の兵器が存在していたりするが……それはあくまで極一部、個人の科学レベルが進みすぎているだけの話だ。 一般に普及している火器のレベルは最先端の科学技術を持つ西方大陸でも、まだ『拳銃』位までである。 その拳銃すら、コスト面の問題等で、それ程普及してはいなかった。 「ガドリング砲か? ふむ、少し昔に見た気がする『玩具』だな……」 カーディナルにとっては、数千年前の魔導時代も『少し昔』のことに過ぎない。 「……玩具ですか……確かに、そうですね……」 メイル・シーラは、カーディナルの『無傷』ぶりを見て苦笑した。 最初に、文字通り豪雨のように弾丸を浴びせたのは間違いない。 だが……。 「……弾丸は一発もあなたに『届かなかった』ようですね」 「ふん、何の力も宿っていないあんな鉛玉などかわすまでもない」 カーディナルは誇るわけでもなく、くだらんといった感じで言い捨てた。 弾丸は回避したわけでも、受け止めたわけでもない。 その身に纏う炎の熱気だけで、全ての弾丸を体に届く前に蒸発させていたのだ。 「私のガドリング砲は豆鉄砲ですか……化け物ですね」 メイル・シーラは呆れたような表情で嘆息する。 「さて、思いの外楽しめたが、もう芸が無いのなら、終わりにさせてもらおう」 カーディナルは改めて全身から紅蓮の炎を噴き出させた。 紅蓮の炎が剣へと集束されていき、紅蓮剣の輝きと激しいさが際限なく増していく。 「いいえ、まだまだこれからです……よっ!」 「くっ!?」 突然、背後から物凄い勢いで近づいてくる気配を感知し、カーディナルは跳躍した。 宙に浮かぶカーディナルの足下を、漆黒の棺が通過し、メイル・シーラの足下で急停止する。 「武器を変えさせてもらいますね」 メイル・シーラは棺の蓋を開ると、中に両手を突っ込んだ。 「…………」 カーディナルは攻撃せずに無言で待つ。 「お待たせしました」 棺から引き抜かれたメイル・シーラの両手にはそれぞれ、漆黒の金属製の籠手(ガントレット)が填められていた。 漆黒の籠手は先端から直接両刃の長い剣身が生えている。 籠手の表面には龍のような象眼が施され、刃根元には装飾として飾り額が取り付けられていた。 「ふん、まさか、それで我と直接斬り合うつもりか?」 「ええ、遠距離攻撃が通じない以上、接近戦しかありませんので……」 「ふっ、愚かな……」 「では……」 メイル・シーラは、蓋を閉じた棺の上に飛び乗る。 「参ります!」 冥土人形を乗せた漆黒の棺は、超低空飛行でカーディナルに突進していった。 メイル・シーラの左籠手から生えた剣刃が紅蓮剣と交錯する。 棺の飛行能力(突進力)と、体重を的確に乗せた重い一撃だったが、カーディナルは余裕で受け止めていた。 「刺っ!」 メイル・シーラは左籠手の刃を紅蓮剣と交錯させたまま、右籠手の刃をカーディナルの左目を狙って突き出す。 「ふん」 カーディナルは首を微かに傾けて、最小限の動きで突きをかわした。 「断っ!」 メイル・シーラは伸びきった右手を半回転させると、カーディナルの首を狙って右籠手の刃を切り返す。 「ちっ!」 迫り来る刃を、カーディナルはしゃがみ込んで回避すると同時に、紅蓮剣でメイル・シーラの胴を斬り払った。 乗り物にしている棺ごと吹き飛んでいく、メイル・シーラ。 だが、彼女の胴体は両断されずに繋がったままだった。 「ほう、いい反応速度だ……それに、その籠手もなかなか丈夫だな」 カーディナルは、表面に焼け焦げたような線の走っている左籠手を眺めて、感心したように呟く。 胴を両断しようとした一撃は、ギリギリで左籠手によって防御(ガード)されていたのだ。 「怖い怖い……いきなりやられるところでした……」 体勢を立て直したメイル・シーラは冷や汗を拭う。 左籠手の防御が間に合ったのは偶然というか……運が良かった。 「ふん、汗もかけるのか? よくできた人形だ」 「……どうでもいいことを感心しないでくださ……いっ!」 突然、メイル・シーラの足下の棺が弾丸のような勢いでカーディナルに襲いかかる。 「棺だけだと!?」 カーディナルは紅蓮剣で棺を叩き落とした。 「やはり、斬れぬか?」 大地に叩きつけられた棺は、斬れてもいなければ、燃えてもいない。 「……で、棺を囮にして、その間に死角から近づくわけかっ!」 カーディナルは振り返り様に紅蓮剣で背後の空間を薙ぎ払った。 轟音が響き、吹き飛んでいくメイル・シーラの姿が見える。 「今度はちゃんと両手で防いだか……なかなかしぶとい……」 「つぅぅ……隙のない方ですね……」 メイル・シーラは、空中に見えない壁でもあるかのように蹴って、カーディナルの前へと舞い戻った。 「空を駈けるか……素直に体から火でも噴いて飛んだらどうだ?」 カーディナルはからかうような感じで言う。 「悪い冗談ですね、機械人形でもあるまいし……『生身』でそんなことできません」 失礼なといった感じの態度で答えると、メイル・シーラは西方の格闘技(ボクシング)のような構えをとった。 「それは悪かった、我には人形の違いなど解らぬのでな……来るか?」 「参ります!」 メイル・シーラは、今度は正面から突進するように間合いを詰める。 そして、右籠手の刃をカーディナルの心臓めがけて迷わず突きだした。 「ふっ……」 カーディナルは立ち位置をズラし、最小限の動きでメイル・シーラの捨て身の突きを回避する。 「終わりだ」 捨て身の突きを回避され無防備な背中に、カーディナルは容赦なく紅蓮剣を斬りつけた。 「くっ!」 「何!?」 メイル・シーラは自ら背後に倒れ込むように回転しながら、左籠手の刃を斬りつけてくる。 紅蓮剣の勢いは止まらず、そのまま相手の左脇腹を深々と切り裂き、メイル・シーラの左籠手の刃はカーディナルの左頬を浅く切り裂いた。 「……貴様……」 予想外の反撃というか、相打ち狙いの攻撃に、カーディナルの攻撃の手が一瞬止まる。 もっとも、メイル・シーラの方も左脇腹から大量に出血し、仰向けに倒れており、その隙を狙って反撃することなどできなかった。 「……どうしました、トドメを刺さないんですか? 痛ぅ……」 メイル・シーラは、覚悟ができているのか、堂々としている。 「……さっさと立て……」 「……いいのですか?」 「…………」 「よいしょ……」 なぜか、カーディナルがトドメを刺そうとしなかったので、メイル・シーラは年寄り臭い掛け声と共にゆっくりと立ち上がった。 彼女の右脇腹の傷口からは血が大量に流れ続け、メイド服を赤く汚していく。 「……ふふふっ、さっきからとっても怖い顔で睨みますね……人形如きに傷を付けられたのが、そんなにプライドに触りましたか?」 メイル・シーラはカーディナルを挑発するかのように、意地悪げに微笑した。 「…………」 カーディナルは何も答えず、燃えるような深紅の瞳でメイル・シーラを睨み続けている。 「では、行かせてもらいます……ねっ!」 メイル・シーラは一瞬で、カーディナルの左上空に移動した。 そして、何もない虚空を壁のように蹴り、両籠手の刃を突き出してカーディナルに急降下で襲いかかる。 「安易に……捨て身の攻撃をするなっ!」 「くううっ!?」 カーディナルは紅蓮剣で力任せに、飛来したメイル・シーラをまるでボールか何かのように空へと打ち返した。 「狂瀾散火(きょうらんさんか)!」 紅蓮剣の一閃と共に解き放たれた七つの火球が、メイル・シーラを追撃する。 「くぅ……」 何とか体勢を立て直したメイル・シーラは、空を自由自在に駆け回り、飛来する火球をかわしながらカーディナルへと迫った。 「断っ!」 メイル・シーラの左籠手の刃が獲物の首を狙って振り下ろされる。 カーディナルはその一撃を余裕で回避し、さらに、絶え間なく放たれた右籠手の刃の突きもあっさりと紅蓮剣で弾いた。 「遅い……遅すぎるっ!」 「つううっ!?」 メイル・シーラは、カーディナルの反撃の一撃を辛うじてバックステップで避ける。 「ふっ!」 「くっ!」 カーディナルの第二撃は、メイル・シーラの両籠手を纏めて弾き上げた。 一瞬、メイル・シーラは万歳するような格好で完全に無防備になる。 「しまっ……」 「炎と踊れ、狂恋……なあああっ!?」 荒れ狂う炎の剣が無防備なメイル・シーラに叩き込まれようとした瞬間、横合いから飛来した巨大な青い光輝がカーディナルに直撃した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |